2005年11月のアーカイブ

責任転嫁

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 つまらない誤解から責任を他人になすりつける、という技がある村には伝えられているとする。そしてそれを黒魔術の研究家が目撃したとしたらどう思うだろうか?
 おそらくそれは悪しき魔法として認識されるだろう。オカルトに小道具は必要無いのである。だからこそ、責任転嫁は呪われた呪術としての側面を捨て去ることが出来ない。
 もし、動物の死骸や人間の体液を用いる儀式を間に介在させてしまったら、それはもはや責任転嫁では無くなってしまうだろう。小道具を使うリアリティ重視の黒魔術には魅力などないのである。
 そしてついにこのアルバムが再発された。
 仙台のパンク、と聞いて私は真っ先にこのバンドを思い浮かべる。「アルカリ液」や「IN THE SHADOWS」は何年経っても素晴らしい名曲であるし、レアアイテム化して一般層が聴けなかったという状況を打破したという意味でも今回のリリースは快挙である。
 このバンドが持っていた不思議な魅力は、今もなお強烈に鳴り響いている。

投稿者 asidru : 03:28 | コメント (2) | トラックバック

恒松正敏インタヴュー

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 恒松さんがギター一本でアコースティックな感じのライヴをやるときいて、詩人のイズミさんの協力の元に「青い部屋」へ行って来た。イズミさんどうもありがとうございます!
  そしてあつかましくも恒松さんにちょっとしたインタヴューをしてきましたので、ここに掲載しようと思います。テープレコーダーを忘れたので思い出しながら書きます。すいません。

 森本 「すいません、サイン下さい」
 恒松 「ああ、いいですよ」
 差し出した上の写真のジャケを見て恒松氏苦笑。
 森本 「ありがとうございます! 少しだけインタヴューさせていただいてもよろしいですか?」
 恒松 「ええ」
 森本 「今日はギター一本で弾き語りのようなスタイルでやると聞いたのですが…」
 恒松 「そうだね、僕は弾き語りって言葉が好きじゃなくて、なんていうのかな、弾きがなりみたいな感じかな、そういう形でやろうと思って」
 森本 「弾きがなりですか! ちなみに曲目はどういうものを?」
 恒松 「うん、今日は僕が昔聴いてた、好きだった曲をね。国内外のGSとか、あっ、これセットリストです」
 森本 「ああ、いきなり一曲目がジャックスの『時計をとめて』ですか!」
 恒松 「こういうの好きだったんだよ、高校の頃とかずっと聴いてて」
 森本 「ちなみに早川義夫さんはどう思われます?」
 恒松 「(笑)どうって言われてもなぁ。うーん、ああいうのはちょっと苦手だな。でもね、この『時計を~』は早川義夫の曲じゃないんだよね」
 森本 「あっ、確かそうですね、作曲違いましたよね」
 恒松 「うん。あとはカップスの本牧ブルースとかも今日やりますよ」
 森本 「こういったGSで一番好きなグループって何ですか?」
 恒松 「一番は難しいなぁ。カップスも好きだし、スパイダースの最初の頃とかも凄く好きだね」
 森本 「ちょっと意外な感じですね、でもスパイダースはかっこいいですよね」
 恒松 「かっこいい。こういうのを好きで聴いてたから、最近は好きだった曲のカバーもどんどんやっていこうかと思ってて…」
 森本 「そういえば最近になってフリクションのライヴ盤が再発されましたけど、あれは恒松さんは関ってるんですか? マスタリングとか」
 恒松 「ううん。ノータッチだね。あれはレックに任せてあるし、中身は聴いてないけどレックを信頼してるから」
 森本 「なるほど。最近フリクションのメンバーとは会ってますか?」
 恒松 「連絡とってるよ。本当、僕にとってフリクションって大切だった。だってメンバー全員が解散した後もこうして現役で活動してるバンドってそんなにないと思うんだよね、レックにしろチコヒゲにしろいまだにやってるからね」
 森本 「凄いバンドですよね。若い世代にもフリクションって絶大な位置にあるんですよ。もう別格というか、神様みたいになってる部分もあって」
 恒松 「自分でも誇りというか、フリクションにいてよかったと思ってる。それは最近でもよく思うよ」
 森本 「再発もそうですけど、新譜は出される予定とかありますか? あの、今日やるカバー曲だけで一枚作ったりとか」
 恒松 「それはあるよ。まだ正確には決まってないけど、いつかは出そうと思ってる。自分の好きな曲のカバーアルバムっていうコンセプトでね。どうなるかはわからないけど」
 森本 「楽しみです。皆再発もいいけど、やっぱり新譜が聴きたいんですよ」
 恒松 「そうだよね、新譜は出したい」
 森本 「EDPSのジャケットなどでもそうですが、恒松さんの絵を見て思うのは何時間ぐらいかけて描いてるのかっていうことなんですけど、実際絵の制作期間というのはどれぐらいなんですか?」
 恒松 「多分みんなそうだとおもうけど、一つのものを完成させるまでやるんじゃなくて、途中で置いておいて別の絵を描き始めたりとかするんだよね」
 森本 「同時に平行してやるんですか?」
 恒松 「というより、一枚描いてる途中で保留にして、もう一枚を描いてるときにまた思い出して最初の絵を完成させたりだとか、何年も放っておいたのを突然完成させたりとか、そういうことだよね。これは僕以外にもみんなよくやる方法だと思うけど」
 森本 「あの絵はそうして描かれていたんですね」
 恒松 「うん、ずっと置いておいたのを思い出して完成したっていうのもけっこうあるよ」
 森本 「話は変わりますが、恒松さんにとってニューヨークってどういうところですか?」
 恒松 「ああ、NYにはちょっと前に行ったよ。もうほとんど観光なんだけどね。いろんな名所をまわって、いいところだと思った(笑)。ド田舎だよね、いい意味で」
 森本 「以前何かの雑誌でレックさんが『ニューヨークから日本へ戻ってきたらすごく鬱になってニューヨークへ戻りたくなった』とおっしゃってたんですが、恒松さんはどうでした?」
 恒松 「僕は最近行ったし、観光だったからね(笑)。レックはやっぱり年が違うし、あの当時だったからだと思うよ。僕は旅行は好きなんだけど、チケット取ったりとかそういうのが面倒でね、全然行かないんですよ」
 森本 「なるほど。では恒松さんにとって『ロック』ってなんですか?」
 恒松 「うわ、難しいなぁ。うーん、とくにそういうのは考えないね。考えないで演奏してるよ」
 森本 「ものすごくカッコイイので、何かロックへ対しての姿勢みたいなものがあるかと思ったんですが」
 恒松 「ううん。とにかく深く考えないようにやってるよ」
 森本 「あっ、そろそろ時間ですね。ステージあとで観させてもらいます。よろしくお願いします!」
 恒松 「うん」
 森本 「では、ありがとうございました!」

 というわけで何とも中途半端なインタヴュー内容になってしまったのは私の準備不足のせいです。申し訳ないです。
 恒松さんは本当にクールでかっこいい方でした。ライヴも物凄く洗練されているというか、無駄の無いステージで、その研ぎ澄まされた佇まいにはただただ尊敬するしかありません。
 お忙しい中インタヴューに応じてくれた恒松さん、本当にありがとうございました。あと、サインは家宝にします(笑)。

投稿者 asidru : 04:48 | コメント (6) | トラックバック

June Brides

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 出た!!
 何がってこの二枚組みです。June Bridesの決定的なアルバムですね。
 これまでギターポップ好きの間で幻のグループとまで言われていたあのJune Bridesの音源がついに再発。しかも二枚組みで値段もリーズナブル。これを出したチェリーレッドは本当にえらい。
 音はやはりあの時代の音で、ギターポップ好きにとってはたまらない作品となっています。
 個人的には二枚目のラストに収録されているベルベッツのカバーでとどめを刺されましたが、トータルでクオリティの高い作品だと思います。
 ちゃんと音源を聴いたのは初めてでしたが、かなり重要なグループだということは確実です。
 タワレコあたりで入手できますが、枚数が少なそうなので欲しい場合はお早めにお求めください。
 久し振りにヒットしました。

投稿者 asidru : 02:17 | コメント (2) | トラックバック

WIRE 「pink flag」

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 この冷めた感覚が、後に多大な影響力を持って語り継がれようとは、この時点の彼らは気づいていなかったと思う。
 ワイアーはパンクという思想をこのアルバムの中で見事に突き詰め、解体した。ここまでストレートな音になったということが奇跡なのではなく、努力と才能の結果であることは一聴すればよくわかる。
 音楽と向き合う姿勢として、ワイアーは優れている。
 実直で硬質ながらも、幅広い選択を可能とした柔軟性こそが、ワイアーの素晴らしいサウンドであると思う。
 イギリスよりもアメリカや日本で根強い支持を得ている彼らだが、先駆的であったという事実を抜いても尊敬できるバンドであると思う。
 

投稿者 asidru : 22:37 | コメント (2) | トラックバック

ESPLENDOR GEOMETRICO

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 しばらく放置してしまった。
 エスプレンドール・ゲオメトリコの金属ビートが、静かに鳴り響いている。
 後半は随分とポップになってしまったが、このカセットのころの重苦しい雰囲気がゲオメトリコの魅力であった。
 よくテクノイズの原点だとか言われて一部ではもてはやされているが、ちゃんと聴けば分かるとおりこれはただの雑音であって、曲解したイメージで接すると思わぬ落とし穴にはまりかねない。ノイズはノイズなんだと分からないままこういった音楽を闇雲に絶賛したり、中途半端な知識でテクノとの関連性を説いたりするのはやはり危険である。
 まずはゆっくりと聴き、理解した上で、言論は行われるべきだと思うのだが…。
 メディアが信じられないのはそのあたりの偽りの情報に踊らされている人があまりにも多いからであり、ゲオメトリコのような存在が誤解されたままの情報で認知されていくという状況はちょっと辛い。
 本当は「スペインのノイズの人達」という、たったそれだけの情報で良いのである。実際に音を聴くまでのきっかけとなるのであれば、それは情報として活かされたことになるからだ。そこに余計な装飾は必要ない。ことにゲオメトリコのような音楽は、実際に金を払って聴いた時点で理解できる性質のものなのだから、聴いてみないことには何の意味ももたない。
 知識を蓄えることはいい。ただ、体験することの方が何倍も重要だということを忘れないでほしい。

投稿者 asidru : 17:05 | コメント (2) | トラックバック

Pussy Galore 「Right Now!」

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 聴く価値も無い、などと批判されて、それがプラスのイメージに転化されるのはこのプッシーガロアぐらいなものだろう。ジョン・スペンサーはブルースエクスプロージョンよりもこの時代の狂った音の方が好きだ。ここにある剥き出しのどうしようもなさこそが、ロック・ミュージックの一番素直な形である。
 ジョンスペがブルース・エクスプロージョンにおいて、自身の音楽の根底にあるものがブルースであるという一種の告白を行ってしまってからというもの、プッシー・ガロアをなんとか正統的な音楽として理解しようという運動(?)が広まったものだが、結局ここにあるゴミのようなロックに鼓膜を馬鹿にされてしまい、トラッシュイズビューティフル的な誤解を招いてしまったのが残念でならない。
 プッシーガロアの酷い演奏を聴いて、そのあまりに下手でうるさくてゴミに等しい楽曲を、それそのものとして受け入れた上で絶賛できるならば、私はあなた方の音楽観を信じることもできる。ただ、やみくもに情報だけの「ジョンスペ」を聞いて判断しているならば、あなた方は私の敵である。
 このようなものを『ローファイ』などと勝手に呼びつけてもてはやすような奴らは人間じゃない。これは限りなくゴミに近いロックであり、それ以上でもそれ以下でもない。判断はきちんと金を払って、何の情報も無いままこのようなゴミ盤を購入し、プレイヤーに乗せて出てきた音を聴いた上で行えるのだ。
 前々から思っていたことだが、音楽の増殖によって聴き手のモラルや判断能力が著しく低下している気がしてならない。もしあなたが不安ならば、かつて子供の頃にレコード(若い子はCD)を買ったときのことを思い出してほしい。少ない小遣いで、本当に聴いてみたい音楽を買い、それこそ盤面が擦り切れるほど繰り返しリピートした筈である。あの頃の音楽に対する姿勢さえ取り戻せば、全ての音楽が輝かしく、そして生々しくリアルにあなたの前へその全貌を露出する筈である。
 そこで料理方法を考える時間こそが、リスナーにとって最も幸せな時間なのである。

 ちなみに私、ジョン・スペンサー&ブルースエクスプロージョンも大好きです。

投稿者 asidru : 19:29 | コメント (2) | トラックバック

THE CYRKLE  「NEON」

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 遠まわしな青春だって、わりと爽やかに過ぎ去っていくものだ。
 ネオン街のあの酒臭く、ドブ臭く、人間の体臭と料理店の裏のアブラ臭さが混ざったあのニオイだって青春なのかもしれないし、ミステリーサークルはちっともミステリーではない。
 結局認識の度合いによって決まってしまうのが青春だ。
 郷愁やかつての恋愛感情だけに青春を背負わせることは過酷である。コップの中にも火葬場にも青春はあるのだ。
 だからここにある音が青臭いものであったとして、我々にそれを否定する権利も青春的判断力も無いのである。
 赤いゴムまりが転がっていく先があのようなポルノ映画だったとしても、僕たちの青春は循環し続けることができる。

投稿者 asidru : 23:54 | コメント (4) | トラックバック

Colin Blunstone 「一年間」

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 まだゾンビーズで引っ張ります。
 これはゾンビーズのコリン・ブランストーンのソロで、驚くほど繊細な情景が描かれている名盤です。
 しかし、これまた評価がイマイチで、なんだか不遇な感じがします。
 内容はゾンビーズ時代には使っていなかったストリングスサウンドを全面に使用した美しすぎる楽曲が並んでおり、この人の才能の豊かさに驚かされます。わりとぼんやりした輪郭の歌声なのですが、それが魅力でもありますね。
 ゾンビーズ時代のサウンドを期待するとまったく違うので違和感を感じるかもしれませんが、これはこれで奇跡的な名作なので、ゾンビーズとは別物として聴いてみてください。

投稿者 asidru : 21:34 | コメント (0) | トラックバック

THE ZOMBIES 「ODESSEY AND ORACLE」

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 というわけでブリティッシュのゾンビーズ。
 ソフト・サイケの大名盤ですが、「好きさ好きさ好きさ」が入っていないのでこちらのアルバムを最初に買う人というのは少ないですね。みんなベスト盤や編集盤を買おうとしますが、そんなことせずにまずこれを聴いてほしいです。
 とにかくアルバム一枚通して素晴らしくポップだが、当時のイギリスでのゾンビーズの扱いは酷く、あまりパッとしないまま解散してしまったのである。当時はどちらかというと、どっぷりクスリに漬けたようなドロドロのへヴィサイケが登場してきた時代であり、このようなポップなソフトロックは飽きられてしまっていたらしい。
 だが、ゾンビーズの影響を受けたバンドも多い筈で、このスタイルの無名ソフトサイケバンドはしばらく増殖していく。やはり捨てがたい魅力があったのだろう。
 現在ではリマスターされ、ステレオ、モノラル、そしてボーナスまで入った紙ジャケのCDが再発されており、容易に入手可能である。
 未体験ならばぜひ、このフラワーサイケに浸ってみてください。

投稿者 asidru : 20:01 | コメント (4) | トラックバック

ゾンビーズ

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 海外のあのバンドではなく、日本の80年代初頭に活動していた人達。
 とにかく素晴らしいので勢いあまって紹介してしまったが、果たしてこれを知っている人がどれほどいるのだろうか?
 まずA面の「ファイナル・ソング」における工藤冬里のピアノが美しすぎる。工藤氏のピアノはあまり聴ける音源が少ないのだが、ジャズを基調とした素晴らしいものであることだけは言っておきたい。
 ヴォーカルはややポジパン風味というか、当時のあの系統のオルタナティブ・デカダン歌唱なのだが、ドラム・ベースはしっかりしたリズムをキープし、ギターも適度な暴れ具合で聴きやすい。ここまでのクオリティで他の作品が残っていないことが悔やまれる。
 ひょっとしてこれ以外にも彼らの音源ってあるんでしょうか? 知っている方がいたらコメントお待ちしております。

投稿者 asidru : 07:34 | コメント (12) | トラックバック

COMMON 「Electric Circus」

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 見え透いたパロディなど御免だ。私たちの欲しかったものは確かにリアリズムに裏打ちされたパロディだが、あからさまに「パロディです」と言っているものに対しては冷ややかな視線を送らざるを得ない。
 そういった贋物でしかないパロディに対し、コモンはパロディであることを表現の幅をもってして隠蔽せしめた偉人である。
 「ヒップホップって他人の曲使ってるような低俗な音楽でしょ」
 などとしたり顔で語るお前のその発言、および思想は本当に自分のオリジナルなのか?
 どんな発言をしようとも、それをパロディだと思われてしまったなら意味性は虚脱する。無効化といってもいい。とどのつまりは発言したという行為そのものの存在自体が危うくなる。
 だが、コモンの素晴らしいところは自らがパロディだということを全く匂わせずにパロディであることの利益をフルに活用してみせた点である。
 ここにある奇怪なギミックのすべてがそのために作用していると考えると、やはり才能によってヒップホップというものは見事に変質するものなのだということを、目の前に突きつけられたような、そんな気持ちになる。

投稿者 asidru : 20:20 | コメント (0) | トラックバック

SPRING

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 いわゆるブリティッシュ・ハードロック・プログレ・サイケなんですが、いったい何のジャンルにしたらいいか分からなかったのでプログレということで。

 このアルバムを購入した動機は、ただキーフのジャケが好きだったからで、中身の音に関してはまったく分からないままレジへ持っていった。
 実際に聴いてみると、かなり重厚なメロディが美しいプログレ・サイケといった感じだった。悪くない、どころかすごくいい。そう思った。
 こういったアルバムが再評価され続けているわりに、世間でのいわゆる「最新型」の音楽への影響が少ないのが気になる。たとえばこのアルバムに憧れてメロトロンを3台ぐらい使うバンドが出てくるとか、キーフのようなジャケ(いわゆる写真着色)を専門にデザインするレーベルだとか、そういうものがヒットチャートを作っていった方が遥かにおもしろいと思う。
 今のヒットチャートに欠けているのは面白味である。別に音楽性の高いものや表現が素晴らしい音楽が売れているわけじゃないのなら、せめて面白味は欲しい。
 たとえば、子供の頃、仮面ライダーの怪人図鑑や海などに住む奇怪な生き物の写真を見て抱いたあの興奮を、流行音楽で味わえたらなぁ、と思うのである。
 得体の知れない魅力、というのが、子供の頃見た仮面ライダーの怪人図鑑にはあった。本来ヒーローである筈の仮面ライダーよりも、毒々しい外見の怪人の方が、見ていて面白味を感じることができたのである。
 つまり、音楽のヒットチャートをエンターテイメントの一部に引きずり降ろしたのならば、そこに面白さが無ければそれはただの儲かっている人ランキング以外の何物でもないというわけだ。
 面白さというのは、音楽性で表現してもいいし、アーティストのパフォーマンスでも、その双方の複合でもいい。どんな方向でもいいから他のモノとの差別化から面白味は生まれるのだ。
 だから普通のコミックバンドをやって笑いをとっても、それはここでの面白味とはまた話が別である。かつてない、他では見ることのできない、感じることのできない体験をさせてくれるような何かが無ければ、ヒットチャートなど必要無い。
 はたして、日本の音楽チャートは仮面ライダー怪人図鑑になれるのだろうか?

投稿者 asidru : 20:58 | コメント (4) | トラックバック

PINK FAIRIES 「KINGS OF OBLIVION」

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 「ピンクのブタが飛んでてさぁ…」
 中学のとき、ヒッピー風の男がそんなことを電車内でしゃべっているのを耳にした。そのとき、こいつは頭がおかしいのか? と思った。私は素直な少年だった。
 しかしながら、ピンクのブタが飛んでいる、という言葉がその日以来頭から離れなくなってしまった。
 毎日毎日「ピンクのブタが飛んでいる」ことばかりを考え続けた。時期的には周りが高校受験という単語を口にし始めた頃だった。
 ある日、何も知らなさそうなクラスの女の子に「ピンクのブタが飛んでいるのって見たことある?」と聞いてみた。ところが、その子は顔を赤くして「何言ってんの?」と切り捨てたのである。まるで私が卑猥なことでも言ったようだった。
 もうピンクのブタ幻想が私の頭の中で破裂しかけた頃、その謎は氷解した。
 レコード店でこのジャケを見つけたのである。
 私はすぐさまありったけの小遣いを使用して本作を購入。そしてしばらくは音を聴かないままジャケットだけを眺め続けたのだった。
 しかし、あまりにも刺激が強すぎたため、私はしばらくこのレコードのことを忘れてしまう。
 その後、なんとなく高校に入って、特に何もすることがなかったので古い音楽をいろいろと聴くようになった。特にサイケデリックのもやもやした感じが当時は妙に耳に馴染む気がして、聴き続けているうちにそういったレコードの知識が自然と身についていった。
 トゥインクというのを知ったのはそんなときで、当然トゥインクからピンクフェアリーズのことを思い出し、本作は再びターンテーブルへ乗ることとなったのである。
 そのとき聴きなおしたこのアルバムの破壊力は、いまでも鮮明に覚えている。とにかくハードでストレートな楽曲が、ジャケのイメージとは無関係に炸裂する。トゥインク在籍時の一枚目にあったようなどろっとした感じは無く、どちらかというとソリッドな質感であった。
 ピンクフェアリーズに対する私のエピソードはそんなところだ。
 それ以外、特にこのバンドと密接な関係を持っていたことは無い。しかしながらジャケットのイメージだけは妙に強く残っているのが不思議である。
 

投稿者 asidru : 07:18 | コメント (4) | トラックバック
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