宇多田ヒカル 「SINGLE COLLECTION VOL.1」

宇多田ヒカル.jpg

 駅のホームに着いた。ゴミ箱の『その他のゴミ』の中に堕胎児がギチギチになって詰め込まれているのを承知の上で、宇多田は使い終えた乾電池を口からぺっと吐き出す。
 中央線快速に引きずられる看護婦の死体には、これといって便利な生活の知恵を生み出すためのきっかけは見当たらない。手さぐりな日常が一日でもあるとするなら、人生は悪意の海に溺れていくことに等しい。
 労働の側面には金銭への欲望がピーナッツバターのように張り付いてやがるんだ…。
 宇多田はポケットから見たことも無いような古びたコインを取り出すと、痴漢防止ポスターの下に転がっている浮浪者に投げつけた。
 それで処理できる問題など皆無だったのである。
 辛辣な批評、何も考えていないクセにやたらと自分の音楽を絶賛するガキども。
 憎い気持ちはある。だが、宇多田は全てを呪おうとはしない。転覆させるには、きっかけと地盤が必要だからである。
 ある日、宇多田はインタビュアーをゴミでも見るかのような目つきで、適当に相槌を打っていた。インタビュアーの質問、「あなたはスネアの音にボーカルが被らないように歌っていますが、アレは意図的にやっているのですか?」 宇多田は紫煙を吐きつつ、その馬鹿馬鹿しい質問に答える。「全ての行動は意図的であると言えます。もし偶発的な要因での行動であったとしても、私の意識化での出来事ですから、それは意図的であったと言えるのです」
 相手は大きな欠伸をした。
 宇多田は殺意の赴くままに、そのインタビュアーの大きく開かれた口へ手を突っ込む。
 右手、そして左手。両手がインタビュアーに飲み込まれると、その口の中から闇が広がっていく。
 部屋が漆黒に塗り込められ、怨念と情念と、そして常識の皮を被った俗悪が宇多田の全ての毛穴から侵入してくるのが分かった。
 引き裂かれて顎から上がぶらぶらと皮一枚で繋がっているインタビュアーに、宇多田は深く一礼すると、すぐさま次の取材へと向かった。ミュージシャンである、という認識が崩れ去らない限り、宇多田は歌うことをやめないつもりなのだろう。
 自動的(オートマ)とはそういうことだ。

投稿者:asidru 2005年08月29日 09:20

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コメント: 宇多田ヒカル 「SINGLE COLLECTION VOL.1」

このエントリ、凄くイイ!
ラストの一行に鳥肌立った。

森本氏、小説とか書いたらどうですか?
やはり貴方から放たれる言葉には「何か」がある。

投稿者 ミヤナガタクオ : 2005年08月30日 12:55

どうもー。
商業音楽の仕組みはとても恐ろしいです。
宇多田はその中でも群を抜いてヤバい感じですね。
狂気的です。
小説とか苦手なんですけどね。文章あまり書けないので…。何か仕事の依頼があったら書きますけど、趣味では書かないかも…。

投稿者 森本 : 2005年08月30日 13:32

うまく感想はいえないんですけど、理解できたような気がします。
というか、普段私の思っているような事が文章になっているような。
安室とかも非常にやばかったような気がしましたけど、今はうまく音楽的に乗り切ったような気がします(好き嫌いに関わらず)。
宇多田は、ちょっとマジでヤバイですね。
誤読なら申し訳ありません。

投稿者 zuma : 2005年08月30日 21:54

宇多田にはずば抜けた奇異を感じますよね。
音楽が派手なノイズや不可思議な楽譜を用いずとも、怪奇現象に突入してしまうというのは宇多田のような場合のみです。
「あのようなもの」がヒットし、更に疑う(音楽的な批判ではありません)人間がいないというのが驚異です。
安室に関してはまた別の怨念のようなモノを感じますので、後々紹介したいと思います。

投稿者 森本 : 2005年08月30日 22:48

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