世の中の右と左そしてうしろ 暗がりで笑う人をみたときや 銀行のATMで現金を取り忘れたときに なんとなく読むブログ
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05年4月、イギリス南部の海岸をずぶ濡れになって歩いている男が発見され保護される。彼は一言も喋らず、紙とペンを渡すとグランドピアノの絵を描き、実際に保護した社会福祉士がピアノの前まで連れて行くと、物凄い勢いで突如ピアノを弾き始めたという。
彼の演奏力は驚異的なもので、その場に居合わせた全員が息をのんだ。
数々のクラシックの名曲が、礼拝堂のピアノから奏でられた。
このことは全世界に報道され、彼は謎の「ピアノマン」と呼ばれるようになった。
しかし、05年8月22日、英国のデイリー・ミラー・タブロイド紙にピアノマンの正体が判明したという記事が掲載された。全世界は天才ピアニストの正体に注目し、既に4ヶ月もの間その真実が伝えられるのを待っていたのである。そしてその結果はとんでもないものであった。
ピアノマンの正体はピアノなどまったく弾けないドイツ人だったのである。
彼はパリで職を失い、海岸で自殺しようとしたところを保護されたのだという。そして、もともと精神病棟で働いていた関係上、精神病患者のフリをし、医師たちを見事に騙し、ピアノも実際には弾いていないものの、周りが勝手に「素晴らしい演奏だった」とウワサし、今回の騒動にまで発展したというわけである。
ピアノマンは芝居だった。
その衝撃は、謎の天才ピアニストが発見された! という第一報よりも大きかった。なぜなら、魅力的だった筈の謎が、反則的なまでの『真相』によって一瞬にして無効化されたからだ。いままで作り上げたピアノマンという存在自体が、砂の城のようにあっけなく崩れ去ってしまう。その幻想の発端であった「物凄いピアノを海岸で保護された謎の男が演奏した」という事実そのものが「無かった」のであるから、話そのものがすべて解体されてしまったのである。
根本を失った幻想は、いまではただの現実のなんともない出来事のうちの一つとして、今後誰の興味もひくことはないだろう。ピアノマンはいなかった。その事実だけで充分に刺激的なのだから、ニュースに飢えている我々にとっては調度いいのかもしれない。
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