凝解の達人Dr.森本がお送りする妄想凝解方程式。 鬱の方必見です! 毎日更新予定!(不定休)
カテゴリー:音楽
駅のホームに着いた。ゴミ箱の『その他のゴミ』の中に堕胎児がギチギチになって詰め込まれているのを承知の上で、宇多田は使い終えた乾電池を口からぺっと吐き出す。
中央線快速に引きずられる看護婦の死体には、これといって便利な生活の知恵を生み出すためのきっかけは見当たらない。手さぐりな日常が一日でもあるとするなら、人生は悪意の海に溺れていくことに等しい。
労働の側面には金銭への欲望がピーナッツバターのように張り付いてやがるんだ…。
宇多田はポケットから見たことも無いような古びたコインを取り出すと、痴漢防止ポスターの下に転がっている浮浪者に投げつけた。
それで処理できる問題など皆無だったのである。
辛辣な批評、何も考えていないクセにやたらと自分の音楽を絶賛するガキども。
憎い気持ちはある。だが、宇多田は全てを呪おうとはしない。転覆させるには、きっかけと地盤が必要だからである。
ある日、宇多田はインタビュアーをゴミでも見るかのような目つきで、適当に相槌を打っていた。インタビュアーの質問、「あなたはスネアの音にボーカルが被らないように歌っていますが、アレは意図的にやっているのですか?」 宇多田は紫煙を吐きつつ、その馬鹿馬鹿しい質問に答える。「全ての行動は意図的であると言えます。もし偶発的な要因での行動であったとしても、私の意識化での出来事ですから、それは意図的であったと言えるのです」
相手は大きな欠伸をした。
宇多田は殺意の赴くままに、そのインタビュアーの大きく開かれた口へ手を突っ込む。
右手、そして左手。両手がインタビュアーに飲み込まれると、その口の中から闇が広がっていく。
部屋が漆黒に塗り込められ、怨念と情念と、そして常識の皮を被った俗悪が宇多田の全ての毛穴から侵入してくるのが分かった。
引き裂かれて顎から上がぶらぶらと皮一枚で繋がっているインタビュアーに、宇多田は深く一礼すると、すぐさま次の取材へと向かった。ミュージシャンである、という認識が崩れ去らない限り、宇多田は歌うことをやめないつもりなのだろう。
自動的(オートマ)とはそういうことだ。
Like A Hurricaneを、へろへろなバージョンでカバーしたら、ようやくこの人のナチュラルな幻覚風景が見えてきた。ニール・ヤングはドラッグだ。それはとても深く覚醒するためのスタッフである。
アルバム「ハーヴェスト」や「アフター~」もいいが、最近作での洗練されたロックもいい。すべてがニール・ヤングという規律の中で不気味に配置されているが、このベスト盤ではそれが無くなるのではないか? と往年のファンたちに危惧されたものの、出来上がってみれば素晴らしい選曲で、やっぱりニール・ヤングはいつの時代も変わってなどいないのである。
選曲がいいというより、曲ひとつひとつが輝いている。そのためどれをどう並べても、ニールヤングという宇宙が完成する仕組みになっているのだろう。
フレディ・マーキュリーが死ぬ直前の録音。最近クイーンがなぜか流行っていたので、それに便乗して今回はクイーンで。
ふつうなら3枚目とか『オペラ座~』とかをベストにするんでしょうけど、ここにある独特の音楽がもっともクイーン的だと思いますので、これを推薦します。90年代のクイーン作品ですが、トータルでクイーン史上に残る傑作だと思いますし、評価が低いのは往年の煌びやかなイメージが無いからという理由だけでしょう。この雑多なミクスチャー感覚こそクイーンの真価であり、必ず書いてあった「シンセは使っていない」の表記がいつのまにかなくなり、大々的にシンセで誤魔化すサウンド構築方法を打ち出してから、クイーンは更なる迷宮へ迷い込んでいる。
この路線であと三枚アルバムを作っていたら…、と思うと残念で仕方ない。
どさくさに紛れてこのような王道の名盤を紹介してみるのもたまにはいいでしょう。
ポリスはよく聴くとヘンなんです。
この盤に収録されているデビュー曲『ロクサーヌ』も、繰り返し聴くとかなり奇妙。
中学のときテレビの音を消して、ポリスを一日中流すのが日課だった。
勉強もできない、友達が多いわけでもない、更にまったくモテないという当時の空気を、スティングの線の細いボーカルとアンディ・サマーズのテレキャスターは、恥ずかしいぐらいくっきりと映し出す。
だから、しばらくポリスは聴いていない。
たまに町でポリスの曲を耳にすると、中学の頃の行き詰った虚無感を思い出し、吐き気がするほどロマンチックになる。
廣木隆一かなんかのピンク映画をせっせと見に行った高校生のとき、薄汚れたポルノ映画館の汚いスピーカーから流れたのがこの印象的な音楽。いったいこのポップでアンニュイでオルタネイティブな音楽は何? と映画の内容などろくすっぽ頭に入らずに、上映中ずっと曲のことを考え続けた。クレジットか何かに「D-DAY」と書いてあって映画館を飛び出してすぐにD-DAYという人達のレコードを探しまくった。
で、中古ラックに300円で売られていたのがこれ。
間違って買ったかも、とおそるおそる針を落とすと、まさにあの音が流れ出したので思わずガッツポーズ。その後、僕はこれを何度も聴き続けた。
当時ゼルダとよく比較されていたみたいだけど、全然別物。こっちの方が個人的には好みだし、雰囲気が薄暗くて良いです。カワキタさんのボーカルは線が細くて音と妙にマッチしているし、曲そのもののセンスも抜群。ただ、このバンドを知りえたのがピンク映画だったことで、これを聴くたびに映画館の暗闇とあのすえたニオイを思い出してしまうのが難ではあるが。
マヘルの、NOISEの、あの工藤礼子さんのソロ2発目。
これを聴いて「マヘルと一緒じゃん」とか言う人間とは口をききたくない。
とにかく純度の高い楽曲に礼子さんの声が被さり、この世のモノとは思えない美しさ。これが真のうたであり、サイケデリックの本質であることは間違いない。
冬里さんの声もちょろっとコーラスで入るので、ほぼマヘルの曲としても楽しめるが、やっぱり別物としてとらえたいですね。工藤冬里は日本で一番好きなミュージシャンなので、これからも彼らの音源は一枚づつ紹介していきたいと思います。
時間軸とリズム感を完全に忘れ去った「うた」ほど、美しく響くものは無い。
ししょうこと北嶋建也氏率いる関西の最重要バンド(?)のソノシート。
この謎の感覚こそ、関西の地下シーンの根底に流れているものだと断言しておきたい。
何にも似ていない、突然変異の演奏。北嶋氏は最近のアルケミーからのソロアルバムでも独自のソングライティングセンスを発揮しているので、合わせて必聴です。
ここまで純粋に自分の世界を構築できる人は稀少だし、日本のロック史に彼の名前が刻まれないのは間違っている。ブックレットも分厚く豪華なので、ここから入ってオルタネイティブな日本の音楽の深さを知るというのも、今年の夏の過ごし方としてはいいかもしれない。
ニューウェーブの香りのする本作は、スマート・ルッキンからの81年作ソノシート。
でも、多分誰も知らないよね。
一応、ひねくれたテクノポップとか好きな人にはオススメな内容。
ネットで検索してみたけどまったく反応せず、僕もべつにこのバンドに関しては何も知らない。ただ、こうして一枚のソノシートをせっかく聴く機会に恵まれ、ターンテーブルにのせて、それがなかなか良い内容だったのだから紹介してもバチはあたらないでしょう。もう僕はこのソノシートに対しての礼儀は果たしたので、あとは見つけた人が聴いて判断してください。
一言でいうと女性ボーカルのニューウェーブ。好き嫌いはあるだろうけど僕は好き。ただそれだけ。
もうジャケットの雰囲気とタイトルだけでノックアウトされました。
元アーントサリーのビッケ率いるラブジョイの9年ぶりのセカンド。
愛情とかせつなさとか、それらが全部体験できます。
温かい感情が複雑に沸騰しながら、ぼくたちを包み込んでくれる超絶盤。
また、NHKのみんなのうたフリークにもオススメできる完璧なうたもの。
ビッケの歌は個性的ですね。クセがあるわけじゃないけど、妙に力強くていいです。
日本語で歌う、というハードルなど、もうここにはありません。それを飛び越えて、歌によって新しい場所を開拓していく意気込みだけがここにある歌を構築しているのです。
また、生活の隙間にあるちょっとしたヒラメキや不思議なアイディアも存分に盛り込まれているので、これから家庭を持つという主婦志望の方にオススメです。よりよい快適な生活を提供。
僕は朝っぱらから会社で何をやっているのだろう?
こんな古いレコードのジャケットスキャンして、しかも休日だというのに。
ダンスそうじき♪ などと鼻歌を歌ったところで未来は絶望だ。
でなければ某ゲイ雑誌用の原稿をこんな朝っぱらから書くようなマネは常人にゃあ無理だべ。
まぁ、締め切り忘れた僕が悪いのですが…。
まさか連休中に締め切りなんて、不意打ちもいいところですね。
さて、この喝!タルイバンド、いまだに活動しているというのだから恐れ入る。
僕も少しは彼らを見習い、物事を継続したり、最後までやり抜くような、
そんな立派な姿勢を保てるようになりたいものである。
悪い指。パワー・ポップっていうのはこれが元祖なわけですが、ビートルズの弟分というだけで片付けられているのが現状。
彼らの中ではこのアルバムが一番完成度高く、特に5、6曲目の流れは完璧にポップ。いろんな人がカバーして有名なわりに、原曲を知っているという人は稀。
なぜここまで評価が低いのかといえば、それは値段が高すぎるから。
アップルレコードは中古でも2000円以上するので、この人たちも高いまま。最近出た紙ジャケの国内盤も2800円ぐらいする。
もっと手軽な価格にすれば、彼らの評価も変わると思うのだが、東芝EMIは今後も価格を下げることはしないんでしょうね。可哀想なバンドです。
島根の小さなレーベルからひっそりと出ていて、なんとなく買ったらものすごく良かった。
あれから何年か経ち、もうこのアルバムを聴くこともめっきり少なくなったが、最近では普通に売れているらしく、テレビなんかでも見るようになった。
思えば雨の降る日に、朝から何もせず、ずっとこのアルバムを聴いていた時期もあった。
吉祥寺のスターパインズ(記憶があやふやなので定かではないが)でやったライヴも印象に残っているし、決して忘れ去るような音楽ではないのだが、私は意図的に、彼女の歌を避けているのかもしれない。深く落ち込むような暗さではないが、無機質な、気だるい雰囲気のジャズ・ピアノが聞こえたら、もう私はダメになってしまう。
私にとってはもの凄い一枚だが、世間ではただの『うたもの』としての評価しかされていないのが残念だ。あのピアノの旋律に、あの声が被さった瞬間の魔法は、いまだに私の恐怖を呼び起こすのである。
あきれた顔の少年少女の横っ面を、
思いっきり張り倒す。
教育であり、権力を誇示する意味もある。
だから、あいつらはガムをくちゃくちゃ噛み続ける若者が嫌いなのだ。朝から晩まで道徳の基準を探し、工場の床に転がる無数のネジを拾い集めることしかできない。何せ汗と油にまみれての結果が微々たる給料なのだから、彼が失望に満ちた瞳になるのは当然の成行きなのかもしれなかった。
髭剃り跡を左手でこすりながら、何種類かの死を分別する。
彼の一日は、ちっとも美しくない。
歌謡曲だなんだと言われても、これは間違いなく日本最強のパワー・ポップバンドである。甘酸っぱい青春の一枚。CD化して未発表音源なんかも発売されたけど、あのころ聞いたザ・バッヂの曲は、やっぱり特別だったのかもしれない。
ゼロといえばこれですね。
再発・再結成(?)までしてるので、現在は接しやすい音源ですが、
一時期はやたら高くて、僕は近所の古本屋でなぜか500円で売られていたのをたまたま入手したラッキーボーイでした。おそらく持っていた人は死んだか再起不能の病に冒され、遺族に売り飛ばされたというのが真相だと思いますが。
変身キリンといえば「日本のヴェルベッツ」とまで言う人が居たくらいドリーミーな楽曲が多いわけですが、この一枚目はものすごくカッコイイポップサイケ風パンクです。
本田久作は阿木譲のロックマガジンに「宮沢賢治、稲垣足穂、ジェームス・ジョイス、世阿弥のようなRock Band」としてメンバー募集していたらしいですが、まさにそんな感じのバンドになっているので、そういう世界が好きな人はぜひ聴いてください。
工藤冬里、真剣に好きなんですよ。大ファンです。
あのよれよれした調子っ外れな歌や、楽曲の構成を無視したギターとか、やたらにキレイなピアノも全て素晴らしい。
で、これはそんな冬里氏とkinutapan、yumboといったバンドが共演する好盤。聴いてないというなら、まだ普通に売ってるので今のうちに買っておいた方がいい。
一曲目からして凄まじい異世界が口をあけているが、冬里ファンなら「その後のLuo na」で絶対泣きますね、絶対。冬里さんのうたには誰も追いつけません。
以前、友人が井の頭線内で工藤夫妻を目撃し、そのときの冬里氏のスニーカーにはマジックで「レッドクレイオラ」と書かれていたそうな。なんとも心温まるエピソードである。
工藤冬里音源はブートばっかなので、そろそろどこかのレーベルが責任持って正式にリリースした方がいい。ちなみに某氏が出したCD-Rセット「TAPES」は僕のプレイヤー、及びPCでは読み込めないというとんでもない不良品で最悪(しかもなぜかディスク3だけ聴けない)だから買わなくても平気。ブートで買うならクラゲイルのスイートインスピレーションズが一番無難です。
シェシズの一枚目。永遠の名作。
アルケミーの再発CDだとボーナスで工藤冬里の歌う「星」が収録されていてお得。
向井さんのライヴはいつ見ても無駄がなくて素敵です。シェシズや打鈍も好きだけど、胡弓一本でインプロしてる向井さんが一番鬼気迫る感じで、演奏することの本質的な心構えみたいなものをダイレクトに伝えるような音が胡弓から発せられ、意識の深層をかき乱したり押さえ込んだりするような力が作用しているように思えます。
以前ワークショップに参加したとき、向井さんは婦人用自転車に胡弓を固定してやってきて、「近所なんです」と一言。その不思議な登場からしてインパクト大でしたが、そのあとも設置されていたピアノの弦を直弾きしたり、演奏表現も研ぎ澄まされていました。
胡弓を始めたきっかけは? というだれかの問いに、小杉武久からの影響を語っていましたが、妙に納得してしまったのは僕だけではなかった筈。
筋金入りの表現者の一人として、リスペクトします。
これをアンダーグラウンド扱いするなら、そんな店はさっさと潰れてしまえばいい。
限りなくポップで透明。4曲目の「マイカー炎上」というタイトルだけで気に入り、すぐに買ってしまった本作であったが、聴けば聴くほどに良くなっていき、いまではもはや去年のベストアルバムの位置にある。
マジキックって良質なもの出しますね。マヘルもそうだけど、素直なメロディというのは素直に聴けるからいいです。
忘れていた記憶や、密かに胸に秘めていた懐かしいできごとが甘く、そして切なく込み上げてくる壮絶な大名盤。一過性のポップではなく、後からじわじわ来るタイプのうたです。
ひとひらの偽善に振り回された男が斜面を登る。
皆が下りてくる斜面を、男はいつまでも登り続ける。
空間に圧搾されるべきか、状況に窒息するべきか。
誰に問うわけでもなく、男は解決策を提案し、壁の中の議長へ爆弾を手渡す。
はじめから壊れていた家畜小屋に似たシステム。
それらがひそひそと相談し、実行する。
死んだ鳥の目がうっとりとする。
冷たいマンホールの蓋が下水で温まるまでの間、狂ったように静かなこの部屋で、選挙権を売り飛ばすことだけを考え続けた。
一日が始まる前に終わっても、そういうこととして片付けるだけの判断力が、人民には不足している。
「何気なく」というのは、その中の何パーセントかは虚偽で構成されていると疑ってかかったほうがいい。わざとらしさや「無意識に~」、というのも同様の性質を保有しているが、「何気なく」ほど無責任かつ得体の知れない感覚も他に無い。
このSLAPP HAPPYの1枚目も、そんな何気ない空気の恐怖が盛り込んである。ポップで聴きやすい感触に騙されて、ついつい深みにはまってしまうというパターンも多く、中毒者は後を絶たない。
鉄道レールは夏になると熱くて、冬場は冷たい。それは鉄道レール自体の事態ではなく、周りの気温が変化しているからであり、スラップ・ハッピーも聴き手が変化しているだけで、音楽事態は何気なくそこにあり続けるわけだ。
ともかく、厄介なレコードであることに違いはないだろう。要注意。
最近甘い物がやたらと食べたくなる。何かの病気なのだろうか? 風邪も治り、順調に健康管理をしていると思ったのだが、糖分をちょっと取りすぎている気がする。
缶コーヒーを1日に5本ぐらい飲むし、チョコレートやらまんじゅうやらで糖分過多な人間になっている自分に気付き、ここのところは注意して飲食しているのだが、体重は以前と変わらず痩せ気味だ。
今年はちょっと太ってみたいのだが、いくら食べても肉が付かず、体重がついに48㎏になった。このまま体重が無くなって死ぬんじゃないかと考えると、まったく眠れず、結果的に睡眠不足で更にやせ細っていくという悪循環。太っている人が羨ましい。
そんなとき、モノクロームセットを聴くと、さらに痩せていく気がして血の気が引く。なんか痩せそうな音楽なんですよ、モノクロームセットって。
本当にモノクロームといった感じの薄暗いサウンドで、アートスクール系の人たちには大人気。だけどこの痩せそうな感覚は何なのだろう? あんまり聴かない方がいいかも。ダイエットとかしてる人には強烈にオススメしますけどね。
1日に一度はそれを食べないと、身体がおかしくなってしまう。自動的に爆発するならまだしも、数学的な原因を持たずに変形、拡大を続けていくのだから困ったものである。
と、複数の「ヒト・もしくは人」が囁くので、堪り兼ねて落下するというのも気がひける。だから今日のブルースは明日のブルースまで辿り着く前に昨日のブルースとして機能のブルース。有機的だなぁ。
バクーニンを非難する前にマルクスを疑えと枕元で紫の怪人に説教されたような気分になる。そんな工藤冬里の声はどこから響いているのだろう? ヴェルベッツもラリーズも、ここまで純粋にはなれなかったし、それを考えると、マヘル・シャラル・ハッシュ・バズほど呪われた音楽も珍しい。
個人的にマヘルから受けた影響は絶大である。
11セント綿、40セント肉。名曲「スローターハウス」を聴くたびに夜の街のニオイを思い出す。懐かしいゲーム喫茶のニオイ。ゼビウスでどれだけ高得点を出せるかチャレンジし、結局開始二分で100円玉を使い果たすニオイがここには充満している。
ところでゼルダをコピーしてたギャルバンてブ×とかデ×ばかりなイメージがあるよね? しかも演奏下手だからゼルダじゃなくてシャッグスになってるという、そんなこの世の終わりみたいにパッとしないコピーバンドをたくさん生み出したと思うよ、ゼルダは。別にゼルダが悪いわけじゃないんだけどさ。
僕自身、ゼルダ自体は好きなんだけど、ゼルダのイメージというか、80年代クサさがとっても嫌。だからゼルダを良く聴いてましたなんて今まで人前で言わなかったし、ゼルダの載ってる宝島も全部売り飛ばした(たしかサヨコが普通に街で買い物をするというだけの記事があって、そのいい加減な企画に爆笑した記憶あり)。
しかしながら、このアルバムだけはどうしても手放せず、いまだによく聴く。そして聴きながら「11セント綿~」などと一緒に口ずさんで過去を振り返っては、イヤな気分を味わって絶望する。そんな名盤。
風邪ひいたっぽく、朝から頭痛がキツイ。
午前中は久しぶりにスタジオで「ばんど練習をしているばんどの練習」をする。爆音でストゥージズのカバーとかやって頭がさらに痛い。
で、そのあとM男優の観念絵夢から「もうねぇ、春が近いよ」とか意味の分からない電話がかかってきて、脳みそがトロケはじめる。
パソコンに向かうも一向に仕事が捗らず、結局こうしてブログ遊び。どうしようもなく怠惰です。
そんなときこのジャケを観るとなぜか心が落ち着き、オリビア・ニュートン・ジョンのファンでもないのに「オリビア最高」と叫んだり泣いたり。くだらないロックのレコードとかはもう全部捨てて、オリビアとかだけ棚に飾るっていうのは、やっぱり憧れる生活ですね。
あー、じゃがたらについては既に書いたつもりになってて一枚もレビューしてなかった。ま、いっか。
で、一応この南蛮渡来ですが、ボーナスで入ってる二曲がすごい好きという以外あまり語れそうもないアルバムです。だってじゃがたらなんて皆聴いてるだろうし、こんな名盤中の名盤について今更何書いていいのか皆目分からないというのが本音。
名曲「タンゴ」や「クニナマシェ」も聴ける最高の一枚で、日本のファンクならこれ以外に考えられないというぐらいのレコード。そんな紹介で皆満足できる? 僕はできません。
アケミのライヴは一度も観たこと無いんですが、「それから」とか「裸の王様」は何回も聴きました。日本人のやる黄色人種向けのファンクってやっぱりカッコイイですね。4年くらい前にばちかぶりの田口トモロヲがラママかどっかでじゃがたらのコピーバンドやったときがあって、それは偶然観てたんだけど、トモロヲさんのじゃがたら愛みたいなのがメチャクチャ感じられるステージングで満足しました。
今じゃ再発されてツタヤでレンタルもできるんだってね、これ。僕が買った頃は探しても中々見つからなかったのに、いい時代になったもんですね。
初めてこれを聴いたときは得体の知れないカッコよさに打ち震えましたが、今冷静に歌詞とか読むと結構ダサかったりする。でも後期じゃがたらの前向きな歌詞は好きだけどね。
そんな感じかな。
銀の林檎は変な音を出すことで有名だった。自分だけの音楽、自分だけの宇宙。そんなものを設置するためだけに、銀の林檎は我を忘れて電子音を発し、歌う。宇宙船が満員になっていることに気付いてなかったのは、彼らが最初から一人としてのスペースしか所有していなかったからだ。だから、誰のせいでもない。
システムを構築することがここまで容易かつ軽はずみな気持ちで可能だということに、賛同するような真似はしたくないし、歴史のような広大な地平から見て彼らを語りたくもない。だから、いつしか銀の林檎は忘れ去られてしまうだろう。そのときに誰かがこの音楽を思い出せば、また空間が幾つもねじれていくのである。
じゃがりこのサラダがやたら美味く、ボリボリと貪っていたら突如このバンドのことを思い出して、食べるスピードが倍速になりました。で、これはヘレシーの初期音源集。元祖ファストコアなわけですが、普通にパンクとか好きな奴が聴いてもOKなカッコイイ音してます。
オリジナルの7インチがバカみたいに高値だったせいか、1500円くらいで売られたこの再発編集盤は即品切れ。ハードコアファンには大人気で、もうほとんど置いてある店はありません。が、まだどこかに売れ残りがあるはずなので、新品で買うなら今がチャンス。でも再プレスするって話もあるようで、あんまり頑張って探して、入手した次の日に再プレス盤が並んでたみたいな悲劇にならないよう注意しましょう。燃えます。
OUTOのベスト盤、絶妙なタイミングで再発されたね! 一時3600円とかプレミアつけてた某大手レコード屋ザマミロ! 僕は発売してすぐ買ったからよかったけど、買い逃した人はぜひ今のうちに。なんせこの「正直者は馬鹿を見る」や初期のAAの音源も入ってるという大変なお得盤だ。
で、一般的に評価が高いのは、ノイジーなパンクから直球のハードコアに変わった「正直者は馬鹿を見る」以降とされているけど、個人的に一番好きなのはハードコア不法集会に入ってた「I LIKE COLA」だったりする。ただただ「ライクライクライク コーラ!」と繰り返す何だかよく分からない勢いに脱帽。これ聴いて暴れまくって、そして嘔吐してください。
まさかRDPまで出るとは。このデジパックでハードコアの名盤を再発するシリーズは個人的に大好きです。なぜならこんな濃い内容のプレミアつきまくりレコードを1500円なんていうビックリ価格で提供しているから。しかも日本語の解説もかなり濃く、初心者でも安心してこの荒々しいハードコアに接することができます。
この時期のブラジルのハードコアバンドはたしか五バンドくらいしかいなくて、どのバンドも強烈にカッコイイ音を出していたそうです。こういう貴重な音源がなぜここまでカッコイイのかというと、演奏している彼らがマジに怒っているから。そう、最近のブルジョワがやってるファッションパンクなんかでは無く、本物の憤りを叩き付けたヴァイオレンス・ハード・コアなんである。
このRDPの鬼のような高速グラインドコアは、音質は悪く(ジャージャー高音ノイズが混じり、こもった質感なのだが、CD化の際に幾分かクリアになっている)、政治的な本物の怒りを叫び散らすヴォーカルが強烈にハードコア。で、日本のレーベルはこういうのをもっと世の中に紹介していくべきだと思う。くだらないファッションパンクやらなんやらはこのRDPの前ではただの「つまらない音楽」に過ぎない。84年発表の本作が持つ怒りは、現在でも強烈に鳴り響いている。
というわけでハードコア四天王の中で最も恐いのが、このギズムです。ところで四天王ってあとはエクスキュートとガーゼとカムズだっけ? 覚えてません。が、とにかくギズムの新作というか、現時点で最も新しい音源がコレ。
祈ったりとか悟ったりとか、もうそういうのヤメにしようよ。これ聴いてウルトラヴァイオレンスなヴィジョンにとことん洗われたら、もう何も見えない筈。
音楽的にも高水準かつ独自の本気ハードコアなので、聴いてないなんて言わせない。かつてのギズムもいいけど、ここでの完成された形でのギズムを体験していないなら、そいつはハードコアなんかじゃない。本物の凄味を遥かに凌駕した神の領域を垣間見れる一枚。
ちなみに奇怪な老人(多分ホームレス)のぼやきみたいなサンプリングが中盤に入ってるが、そこで話されているカルマに満ちた内容は更にギズムの深淵を浮かび上がらせている。
横山サケビのアグレッシブすぎるおっかないボーカルにランディ内田のメタルリフがザクザクと絡むサウンドは、日本のハードコアを変えた、というより創り出したといってもいい。残念なのは、もうランディ内田のあの強烈なリフを聴けないことである。一ファンとして、心から冥福を祈りたい。
午前四時に街をうろついているアブナイひとたちを見ると、ついつい怖くなって電柱の陰に身を隠してしまいますね。そして、そこからじっくりと観察。深夜の人達は何でも溶かしてしまう液体を口内から発射したりして、大変迷惑だったりします。で、それを防ぐために必要なのがこのレコードです。
やたらと金属質なギターにロックなボーカル。一時は灰野敬二がいたらしいけど、その時代の音源は残ってないっぽいです。持ってる人はブートで流せ! と言いたいところですが、このバンド好きな人って何人ぐらいいるんでしょうね。僕はもちろん真剣に好きですけど、もう解散してるわけだし、あんまり過去にすがり付いてばかりいるというのも大人げないね。反省しました。
最近妙に忙しい。別に多忙なサラリーマンのように朝からダッシュですし詰めの電車へ突っ込んでいくような苦労は無いのだが、やることが多いというのは良いことなのか悪いことなのか。
そんな疑問にぶち当たったらこれ。基本的にジェフ・ベックはそんなに好きじゃないし、インテリぶった態度がムカつきもする。ただ、この一枚は色んな意味で考えさせてくれる一枚だ。だからジェフ・ベックは嫌いだけどこのアルバムは評価したい。
ロッドスチュワートのヴォーカルが派手すぎたりしたときに、ギターの音を壊さないような絶妙のタイミングで構成された楽曲は、ギターバンドにとっては模範的すぎる。ここまでタイトにまとめられると、逆に奇怪な感じがしてならない。で、珍しくわりとハードなこともやってるんで、後のジェフベックが嫌いな人でも結構楽しめると思います。
ポール・ウェラーはジャムよりスタカンの方が…。そんなことを言うオシャレなやつには、これを爆音で聴くことをオススメする。決してスタイル・カウンシルとは同じ音楽ではない。スタカンのオシャレな感覚とは別のスタイリッシュさがこの盤の魅力だ。
いきなり飛び出すポール・ウェラーのVOXアンプ直結ギターに後頭部を強打されたような衝撃を受け、立て続けに飛び出してくるモッズサウンドにはもうため息しか出ない。
この渋すぎる直球ロックンロールは、当時の博多ロックシーンで大流行。ロッカーズもルースターズもみんな聴いてたモッズの聖典みたいな一枚だが、個人的にはやっぱりスタカンの方がいいので、もうこのアルバムを聴くこともないかもしれない。でも、たまにはロックンロール! ということで最高です。
「下水の臭いを嗅ぐと、宇宙から物凄いスピードで言葉が落ちてくるんです」
田中さんは真剣な顔で語り始めた。
「うーん、なんていうか、啓示みたいなものなんでしょうかね。最近そればっかなんですよ。で、公園の砂場に埋まってるプラスチック製の小さなブルドーザーのおもちゃから「助けてくれ、助けてくれ」ってずーーーーーっと訴えられ続けるんです。だからもう夜中の三時だっていうのに砂場を掘り返して(笑)。で、ついに助け出したんですよ。
えっ? 助けたブルドーザーですか? ここにいますよ」
何も無いテーブルの上に、彼は薄汚いおもちゃをポン、と置いた。
「これが煩くてねぇー、助けた後はおとなしくなったんですが」
ブルドーザーは沈黙していた。しかし、よく見てみると、運転席にGIジョーのような無表情な人形(作業服を着ている)が乗っていて、その人形からは特に魅力みたいなものは一切感じられなかったのであるが、胸の奥につっかかるような妙な感覚がして、しばし見入ってしまった。
と、そのとき、かすかに人の声のようなものが聞こえた。
「タス、、、ケ、テ」
私は驚いてブルドーザーを、そして運転席を更に見つめた。すると、どんどんその声が大きくなっていく。
「助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。」
だんだんと力強くなっていく声に得体の知れない恐怖を感じ、私は後ろへ飛ぶようにして下がった。理解できない状況に混乱しながら、ふと田中さんの方を見ると、
「助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。」
声を出していたのはブルドーザーでも人形でもなく、田中さんだった。
現在、田中宗一郎さんは宇宙で賭け麻雀をやったりして適当に暮らしている。
今日はもうこれ一発です! バッツの最初のシングル。メタルっぽいとかそういうことは言わないで黙って聴いてほしい。このブチキレギターとテンション高いボーカル(気色悪い)を聴いて何も感じなかったらハードコア・インポ! もう二度とこういうのは聴かなくて平気!
バタリオン・オブ・セインツはサンディエゴのバキバキなHCなわけですが、質感としては80年代中頃のジャパコアに近いかもしれません。カバー曲も妙にキマッていて凄いし、ライヴ音源も最高に盛り上がります。最近になって、入手困難だったミスティック(音質は最低)から出てた音源も再発し、ますますバッツに接しやすい世の中になってきました。
今の都会の中学生は、レコード屋に行っても間違えてグレイとか買うような小心者ばかりなので、そういう根性なしこそ、お年玉を全て使い果たしてでも買うべき一枚だと思う。そして死ぬほど後悔して大人になってほしい。
クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイバル最高! こんなレコード他に無いですね。
泥臭さがある一定の基準からはみ出してしまうと極めて化学的な物質に変化するという一例。サイケと言われればそうだけど、ロック中のロック。
それにしてもここまで霊的にロックなアルバムは他にジミヘンの「エレクトリックレディランド」くらいしかないだろう。稀に見る奇異な精神世界である。
後期のアルバムも捨てがたいし、「マルディグラ」の奇怪な音も好きだが、やはりCCRと言ったら初期の三枚。特にこれは短くて聴きやすいのに、聴いた後のどんよりした曇り空のような感覚が体験できる不思議なレコードだ。
ただの「アメリカのロック」から、そろそろCCRを解放してあげたいものである。彼らの音楽は他のどんなものよりも純粋に曇っていた。
最初に「ドゥーキー」とか聴いて「だっせぇ」と思った。それでしばらくはグリーンデイなんて聴いて無かったんだけど、このアルバムが出たとき「マイノリティ」がラジオで流れてて、それなりに良かったため、このアルバムを聴いた。
かつてのメロコアスタイルではなく、ポップなロック。しかもかなり真剣、というところに魅力がある。はっきり言って「ドゥーキー」みたいな何も考えてないような馬鹿丸出しサウンドを持続していたら、彼らはただの一発屋以外の何でもなかっただろう。しかし本作を聴いて、グリーンデイがマトモにロックしている姿を見せつけられたら、もう否定できない。僕にとってはどうでもいいバンドだったけど、このアルバムからの彼らはストレートにカッコよく、かなり見直した。誤解を恐れずに言えば名盤である。
剥き出しの青春、やりたいことが一つしかない喜びといったものに接すると、何とも言えない悲しい気持ちになる。本作は僕にとって「泣けるアルバム」なのかもしれない。他人の前向きな姿勢を見ると、深く落ち込むという人にこそ聴いてほしい一枚である。
この人の音楽ってこの1枚目しか知らないんだけど、この後もいろいろ出してるんですね。いわゆる音響系ポップスなのかな? わりと聴いたんですけど、僕のようなお洒落センスゼロの人間には深く理解することができず、そのまま実家のCD棚の奥底へ埋もれてしまいました。
で、さっきヤフーオークションとか何気に見てたらこのアルバムが異常に高い値段で売ってるではありませんか! 写真はその出品のやつからパクリました。このCDにそんな価値があったなんて!
当時音響系のレコードショップとかノイズコーナーとかになぜか置かれていた本盤。あまりの場違いさというか、奇妙な違和感が面白くてなんとなく買ってみたのだが、内容はアヴァンポップ(適当です)でクオリティは高かったと思う。何よりツジコノリコという正体不明のシンガーが非常に強い存在感を持って歌っていることに驚いた。自主製作な香りがプンプンする本作だが、音はメジャー風。音質もアレンジもグッドでした。
ツェッペリンの曲名のパロディであるタイトルだけで相当な馬鹿だが、後にジョン・ポール・ジョーンズをプロデューサーに迎えて作品を発表するとは、恐るべき馬鹿である。
耳に鉛筆ブッ刺してるジャケのやつ(タイトルはジミヘンのパロディ)ぐらいから急激にカッコいいロックバンドになってしまったけど、初期の彼らは本物のハードコア・パンクだったし、この作品あたりから急に音楽的な雰囲気も出し始めた。そんな幅の広いバンドなのである。
ライヴでもかなり間抜けなことをやってたようで、全裸になって股間に性器のイラストを描いた紙を貼って暴れまわるなど、馬鹿丸出しのパフォーマンスが有名だ。
なんとなく、こういうバンドは嫌いになれない。ひねくれてるんだけど、根は素直な感じというか、不良少年の優しさみたいな感覚に、僕は弱かったりする。
デカくて黒い! その名前だけで随分と凶悪な香りのするこの人達。リーダーはスティーヴ・アルビニで、ギターはやっぱりジャージャー鳴ってる。
リズムだけ何故かドラムマシンという変則ユニットの彼らは、後のバンドに与えた影響の大きさを考えたらやはり偉大。アルビニはこの後「レイプマン」というバンドを結成するも、女性団体からの抗議であっけなく解散。
レイプマン時代にアルビニは、名曲「Kim Gordon's Panties」を、こともあろうかソニック・ユースの対バンで演奏してしまい、サーストン・ムーアに半殺しにされたというほのぼのエピソードもあり。現在では他バンドのプロデュースとかミックスとかやってるみたいだけど、レコーディングに立ち会って勝手にミキサーいじったりして周囲を困らせているという。変人は迷惑ですね。
冷静になって考えると、ミスフィッツは特異なバンドであることが分かる。当時のニューヨークになぜこういったバンドが出てきたのか大変興味深いが、彼らの曲を聴けばそんなことはどうでもよくなる。
本作はミスフィッツのシングルとかの音源を集めた究極の一枚。もともとブートだったけどプラン9が公式にリリースしてたと思う。
問答無用のハードコアナンバー「Mommy Can I Go Out And Kill Tonight?」を始め、ミスフィッツというバンドはただの色物バンドじゃなく、ハードコアバンドとして優れた逸材だったことを再認識できるだろう。グレン・ダンジグ以外のメンバーで再結成されたが、そんなのはミスフィッツじゃないし、本来の魅力を体験するならこういった過去の音源だけで充分なのである。
大昔に母親が大阪旅行へ行った時に、土産で買ってきたのが何故かミスフィッツのTシャツで、あれからもう10年経つがいまだによく着ている。
フレッシュイーターズのセカンド。やっぱこの時代のLAパンクは凄いね。こんなゴミみたいなバンドがたくさんいたんだから。このバンドもご多分に洩れず、ヘッタクソなパンク(というより味気ないロック)を一生懸命やっていて面白いです。物凄くダメなアルバムなんですが、何回も聴いてると「それなりにいいかも」などという間違った考えに至ったりもするので、深入りしない方が身のためです。
ちなみに1stの方はこれより幾分かはマシなので、初めて買うなら一枚目からがおすすめです。どうせこんなの聴く奴いないだろうけどね。Flesh Eatersで検索すればバンドの素性が分かりますが、日本語のサイトは無いので英語ダメな人にとっては謎のバンドということになります。まぁ、そっちのほうがおもしろいんだけどね。
チョコレート・ウォッチ・バンドという変な名前だけで、このレコードを買う価値はあります。A面はスタジオミュージシャンとか別のバンドとかで、ほとんどオリジナルのウォッチバンドは聴けないんですが、B面は必聴。なんせTHE BROGUESの名曲「I Ain't No Miracle Worker」をカヴァーしてる! しかもオリジナルの方よりカッコいいのだからたまりません。ウォッチバンドはサンデイズドから全部再発されてたと思うので、簡単に手に入れることが可能だし、たまにはこういうのを聴くっていうのも新しい発見があっていいんじゃないかな。
ローザのセカンドです。今更だけど、どんとはわりと好きだったんですよ。しかもボガンボスよりローザの方をよく聴いてたんで、今日はこっちで。
とにかくメンバー全員の技術が高く、玉城の分厚いギターに、ベースはうねりまくり、ドラムはテクニカルに叩きまくる中、どんとの特異なボーカルが乗ったらもう無敵。メンバー全員がここまで実力を備えていたバンドも珍しい。
このセカンドでは名曲「橋の下」をはじめ、「さいあいあい」や「フォークの神様」といったローザ特有の不思議な曲を聴くことができる。ラストの「眠る君の足もとで」では民族楽器まで導入して独自の世界観を築き上げており、このバンドの凄さが良く分かる。
どんとが死んだとき、彼の過去の音源が再発されたりしたが、ローザのアルバムが再び入手できるようになったことが有り難い。日常の裏側を散歩するならば、どんとの歌は最高のBGMであろう。
最近の音楽は聴いてません! と言い続けて何年もの月日が流れた。もうそろそろ新譜とか買ってもいいんでは? と思いたち、発売後すぐにこのやたら長い名前のバンドのアルバムを買った。
で、このバンドはサンフランシスコ産のロックということで、聴く前はグレイトフルデッドみたいなやつだと思ってたんですが、聴いてみればクリエイションレーベル風味。つまりイギリスの轟音サイケっぽい音作りで感動したわけです。アメリカではこういうのウケなさそうなんで、日本で人気出そうですね。あんまり好みの音では無いけど、カッコいいんじゃないかな(適当)。
有名なダッチワイフジャケのこのアルバム、パンクなら避けて通れない一枚である。ボーカルだったメンバーを敢えて外して録音されたアヴァンギャルドな本作は、あまり知られていないがかなりカッコイイ。クラスの思想は過激なだけでまったく影響されなかったが、音楽性にはけっこうやられた。ノイジーなパンクというだけで片付けてしまうのはもったいないし、かといって褒めちぎるようなバンドでもない。
このアルバム以外も、クラスは全て素晴らしい。批評しにくいバンドであるが、「かっこいいパンク」意外の言葉で彼らを説明するというのもしっくりこないので、敢えて言います、最高のパンクバンドです。
ハードコア!! とにかく素晴らしいです。以上!!!!
バスタードって検索するとなぜかアニメのバスタードっていうのが先に出てきて凄く不快な気分になるんですよね(ちなみにスレイヤーで検索するとスレイヤーズとかいうアニメが出て来る)。そんなにアニメって良いものなんでしょうか? もう僕はアニメなんて呼ばずに「テレビ漫画」って呼ぶことにたったいま決めた。
テレビ漫画が好きだなんて公の場で言える奴は連続殺人とか起こすに決まってるのだから、もっと日本の警察は取り締まるべきだと思う。そうしなければ、キャラクターのフィギュアとかに埋もれた部屋に住む住人によって、何の罪も無い善良な人々が毎日どこかで嬲られ、犯され、殺され続けることだろう。そうならないためにも、テレビ漫画を厳しく取り締まり、住みやすい世の中を保持していくことこそが、我々現代人に課せられた命題であると思う。

ジャージャー鳴りまくるギターが元祖ノイズコアとされている由縁。まるで全力で鼻をかんでいるような下卑た音だ。こういう音の悪い暴力的な音楽は個人的に大好きなので、ヒマな時はいつも聴いている。
カオスUKの凄さは、ああいう曲しかやらない(というか出来ない)ところで、決して音楽的に優れているからではない。ギターでシャーシャーやるぐらいなら誰でもできるし、何が楽しいのかもよく分からない。彼らの目的は音楽から全く見えてこないのである。そこが、彼らのいいところだし、こういう音楽を聴くということはそれなりの覚悟も必要だということ。つまりはカオス。深い混沌です。
たまほどナチュラルに歪んだバンドもないだろう。このナゴムから出したメジャーデビュー寸前作も、曲目はメジャー盤1stとかぶるものの、内容的にはより畸形的。
まぁ、メジャー盤だけでいいって言うならいいけど、滝本晃司作曲の超サイケな名曲「夏の前日」を聴くためだけにこれを買うというのもいいですね。今はもう廃盤らしいですけど、根気良く探せばまだあるっぽいんで、ぜひ一度試してみては? ちなみに後の「いなくていい人」とかもかなりヤバイ名盤なので、たまは全アルバム押さえておきたいところですね。
このバンドの魅力は石川浩司(ランニングの人)にあると思う。彼の曲のセンスはかなり屈折してるし、歌詞もナチュラルに狂ってる。「学校にまにあわない 」のような奇怪な歌は、たま解散の今となっては孤高の存在である。
アーント・サリーのライブ音源とかの未発表曲集。フューは坂本教授のプロデュースした歌謡曲みたいなやつのイメージが強くて、こういうパンクなのは凄いけど、ソロ作はあんまし聴いてないです。アーント・サリーはあのコジマ録音のオリジナル盤が結局入手できずに何年も経ってからこれと、ファーストが立て続けに(結構間あったけど)再発されたので、半分忘れかけてた頃にヘソクリを発見、みたいな喜びが相乗効果となって、より素晴らしい音楽に聴こえた。
ファーストの方は意外と重苦しいサウンドで、例の「天才なんて誰でもなれる 鉄道自殺すればいいだけ」という歌詞もキマッている。守安祥太郎のことか、それとも萩尾望都の「トーマの心臓」のようなことなのか、高野悦子『二十歳の原点』という線も考えられる。ともかくその冷めた視線がやたらと鋭く磁場を揺さぶっていく凶悪な音楽に、触れないでおくというのはもったいなさ過ぎるので、僕は再発直後に買ったわけだが、最近めっきり聞いてないのでなんか寂しい。おそらく実家のどこかにあると思うので、今度帰ったときにでも探してみようと思う。
いやぁ、ダイムバック・ダレル死んじゃったね! ステージで射殺されるなんて、パンテラらしいと思った人はあと百回ぐらい本盤を聴いて「悩殺」されてください。ダイムバックは心優しい男で、俺はスライドなんてケチな技は使わねぇ、とか言っておきながらちょこちょこスライドさせたりして、結構適当で大らかな奴だったと思う(会ったことないけど)。そんなダイムバックを死んでカリスマみたいに言う奴はすぐに電機ドリルで頭ぶち抜いて死ね。なんだかんだ言って、パンテラってダサかっこよかったじゃん。
ちなみにダイムバックを撃った男は駆けつけた警官によってすぐさま射殺されてしまった。犯行の動機なんてどうだっていいけど、ダイムバックの新作が聴けないのは少し寂しいですね。ダメージ・プランも意外に好きだったりして。若いやつらはみんなパンテラ聴いて暴れればいいのです。そうすればこんな悲惨な事件は起こらないはず。
人生の中でもかなりヤバイ腹痛に見舞われ、今日は朝から死んでました。何か悪いものでも食べたのかもしれませんね。食中毒ほど怖いものはありません。
さて、話は変わりますが、スマパンです。正直かなりダサいバンドですが、この12インチは結構好きでした。これとセカンドアルバムを持っていればあとは聴かなくてもいいと思います。
このバンドにいたビリー・睾丸さんは、大統領選の投票を拒否して自分の政治性を訴えたりするポリティカルな人ですが、ニューオーダーの大ファンで、フジロックでニューオーダーのサポートやったときはメンバーよりもはっちゃけてギター弾いたりするというお茶目な一面も見せました。最近初のソロアルバムを作ってるらしいのですが、まだ発売されてないみたいです。何か間違えて買いそうなので、気を引き締めていきたいものですね。

今日は某コスチュームショップで一日店長をやった。店のラジカセが死んでて、シーンと静まり返っている中マネキン相手におしゃべりなんぞをしていると、自分のマヌケ具合が手に取るように分かり、大変な苦痛だったりするのだが、たまの来客にハッ、と我に帰ったり。
さてさて、みんなはモグワイとか聴いた? 僕はお洒落っぽい感じがしたからスルーしかけたんだけど、やっぱり形だけはって思って聴きましたよ。このアルバム聴きながらガンガン万引きとかする不良たちが都会には多いようで、僕はそうならなくって良かったなぁ、と痛感したものです。
まだ店にいるのですが、パソコンくらいしか無いので、こうしてブログ書いたりしながら閉店待ち。こんなときモグワイでも聴けたらなあ、と間の抜けた顔で佇んでみたり。

白クズどもの暴動! みんな頭髪が無くて血の気が多い。そんな当時のハードコア・シーンの大ボスがこいつら。とにかくライブ音源が過度にエモーショナルなんで、運動会の前夜には鉢巻締めて聴くべし。
暴力的だなんだと言っても、こういうの聴いて全然人とか殺したくならないのは正常であって、ホントにヤバイのはアニメのサントラとかウタダとか聴いてるヤツラに決まってる。だからハードコアファンを迫害するのはもう止めようじゃないか! ぶっちぎりのバイオレンス・パンクである本作を聴いてるようなヤツは、きっと根は優しくて休日はボランティア活動とかしてる澄んだ心の持ち主さ。花壇にお気に入りの花なんか植えちゃってさ。

超ハードコア! なつかしいグールの曲が目一杯詰まった奇蹟の一枚。かなり正統派でしかもメタルっぽいから、金に目が眩んでオリジナル盤は売っちゃったんだけど、こっちの方が音質いいし聴きやすい。
グールって後半殆どメタルなんだよね。一時期ゲストでエックスのよしき君とかともやってたし。だけど今聴くと古くて硬派でやたらカッコイイ。もうこういう音って出来ないと思うし、マサミも死んじゃったからね。あのモヒカン姿を僕は生で見たこと無いんだけど、このCDはとても素晴らしいので是非買ってみましょう! 最近久しぶりにCD屋いったら色々新譜出てて、ついつい散財しちまったんですよ、畜生!!

明けましておめでとうこざいます。去年は何一ついいことが無かったので、今年こそは幸せになりたいものですね。
さて、結局正月はだらだら腐った生活を送ってしまい、主にこれ聴いてました。サムライのベスト的内容。と、ただそれだけで何やらただ事じゃないのは分かりますね。何せあのサムライです。僕は昔リューシンのサックスをライブで聴いて相当にビビッたのですが、本盤はまだ彼がベース・ボーカルのパンクをやってたころのサムライというバンドのほぼ全曲集なのです。
久々に聴いてあまりに剥き出しなロックンロールに赤面しつつも、やっぱりこういう真剣な音楽っていいなぁ、などとごろごろ寝転がりながら新年を迎えることができ、再発してくれたいぬん堂さんには一応感謝したいところです。

ある種の高揚感と物語的な進行がうまく比例していた場合、情緒の欠落した表現であってもそれは偉大なる芸術として成立する。人間性や立場は関係ない。フェティシズム的な視点から脱却し、全体から感銘を受けることができる対象を音楽という形態に求めるのならば、このアルバムは避けて通れない門である。
スラッグが詩人だろうとそうでなかろうと、アトモスフィアの開放的な側面というのは変わらずに開示されている。ここには、素晴らしい「雰囲気」が詰まっているし、それを否定することなどできる筈もない。本物のヒップホップを白人がやったって違和感は無い。ライヴでニルヴァーナの曲をカヴァーしてみせたって、スラッグという男の価値観は揺るがないのである。アトモスフィアは束縛されず、いつまでもストレートに保持している感情全てをむき出しにしてマイクに叩きつける。
現在ではなぜかエピタフに移籍するなど奇妙な動きを見せていたが、何をやっていてもスラッグという存在は変わらずそこにある。次は何をしてくれるのか、そんな期待を抱かせてくれるのも、アトモスフィアの良いところで、今年の年越しはこれでも聴きながら過ごそうと思う。

よく考えたらクリスマスがいつの間にか過ぎ去っていて愕然。今年も普通に仕事して帰って寝た。
中学生のころ、クリスマスは一人湿った部屋でこのアルバムを聴いて、Suspect Deviceをフルボリュウムで流しながら興奮していた。彼女のいない、ビデオばかり観ている陰気な少年だった僕には、Stiff Little Fingers のようなストレートなパンクロックがやけに刺激的に思えた。
もうしばらくこのアルバムを聴いてない。かつての興奮を思い出して、再び聴こうという気にもなれない。あの頃のモテなくさえない少年だった自分を思い出すのが嫌なわけじゃなく、単純にこういうのを聴くというのが億劫になっているだけだ。もし軽い気持ちで聴いてしまって、過去の興奮を台無しにするのが怖いのかもしれないが、まだ未聴ならば是非聴いておきたいレコードである。それもなるべく若い時期に。
本日のストーナー。カイアスはかなりカッコイイんで、この手の遅くて重い音楽の初心者でもけっこう楽しめる作りになってると思う。やる気なくごろごろ寝て過ごす日には最高のBGMですね。
若人あきらと郷ひろみが交互に出てきてストリップしてるような狂った世界が延々と続き、間違ってリピート設定にしていた日には間違いなく墜落。そして涅槃。そんなカイアスはこのアルバムがやっぱり一番イイですね。 それと、別にこういう音楽ばっかり聴いているわけじゃないんで、誤解しないでください。最近ドゥームメタルとか好きなんですか? という質問が多く辟易したりしなかったり。マスト。

ドゥームロックとかストーナーズ・ロックって流行ったよね。やたら重くて遅くて暗いやつ。こういうの聴いて何が楽しいんだろう。どういうやつが聴くんだろうね、こういうの。ちなみに僕は聴きましたけど。しかも結構好きです。
誰もいない沼でゆっくり沈んでいく感覚プラス、競馬で全財産スッた後のような喪失感がどろどろと押し寄せてくる奇怪なロック。ブラックサバス辺りのバンドがルーツなんだろうけど、最近の若いバンド連中は節度を知らないのでこういうドロドロの遅くて重い極地まで行ってしまったのです。
嫌なことがあったときとかは逆にこういうの聴くといいかも知れない、そんな名盤。
ドンキの放火事件のニュースで思い出したのが、なぜかこれ。別に関連性は何一つ無い上に、何年も聴いてなかった一枚である。
シーナはパンクロッカー、などと説明されてもどんな顔をしていいのか分からず、椎名誠や椎名林檎は絶対にパンクではないなぁ、などという、どうでもいいことに思考が傾き、すべてを虚脱させる魔の音楽。
早くて短く簡単。そんな便利そうなキャッチフレーズが付くラモーンズは、本当にパンクロックの基礎を築いたのであろうか? ここにある音は凶暴なまでにいい加減で投げやりなロックンロールでしかないし、ニューヨークで生まれたとは思えないほど田舎クサイ風味に満ち溢れている。ただ、ろくでもない若者が適当にロックを演奏している様子は1stの方が良く伝わってくるので、まずはそっちから入ると攻略できるかも。
ともかく、ラモーンズの音は青春というより、引きこもりのシンナー遊びといった風情である。

ハイテクな感じがするが、機材は今ではもう古いものばかりを使用。しかしここまで完成度の高いポップスも珍しいので、結構聞き込んだ。こういうのも聴いてないと時代の流行に取り残されてしまうのですね。
さて、今現在これを聴きなおしてどう思うかと訊かれても、何とも答えられないというのが正直な意見である。昔、高校の帰りに川崎の工業地帯を意味無く散歩していたときの気分をちょっと思い出すぐらいで、あとはテクノポップだなぁ、という感想しか持てそうも無い。
でも素晴らしいアルバムなんだけどね。うまく伝えられません。ムーンライダーズってポップなんで軽いイメージがどうにも障害になってて、敬遠してしまいがちなのです。
でもたまに間違えて聴いたとき「あっ、いいかも」なんて思えるっていうことは、やっぱり名盤なのかな。しょうゆとソース間違えたけど美味いみたいな気持ちで推薦。
ゲゲゲの鬼太郎に出てくる目玉の親父の存在と、バタイユが醜悪な父親について書いた「眼球譚」の関係について考えてしまうのは、ひとえにこのジャケットのせいであって、決して中身はそこへ接続されていない。
このバンドが凄かったのは、近年大流行したラウド・ロックのプロトタイプとでも言うべきサウンドをいち早く提示していたからであって、そこに秘められた思想性ではまったくない。しかしながら、ここまで簡潔にハードコアともメタルとも違った切り口で、「重さ」を表現する方法を編み出したという点ではかなり評価されるべきバンドだと思う。
で、たまに聴くと意外とまだカッコよく、何回か売り飛ばそうとしたができなかったアルバムが本盤である。へヴィ・ロックが好きだと言うなら一応押さえておいても損は無い一枚。

ピナコテカから出た三角変形ジャケの有名なレコード。で、最近CDで再発されたんだけど、コクシネルってやっぱすごいなぁ、と感動。前衛でもポップでもなく、静かに風景を形作っていく音楽である。
懐かしい景色や、御伽噺のような世界観をぎこちない演奏で構築していくコクシネルの演奏形態は特異であり、いつの時代でも有効なクスリである。
だから、この盤に今から触れても決して遅くないし、聴いて何の感想も持たないというのも有りだと思う。演奏がヘタクソだとか、音質が悪いと言われても、このレコードは個人的に大好きだ。だから、次のボーイズツリーの方も、少し整った音になってしまっていたが、かなり聴き込んだ。
こういう「うた」が素直に響くレコードの良さに世間の注目が集まり始めてから、それに答えるように様々な名盤が再発されたり新譜で出たりといった現象が起きて、こういった音源さえも簡単に聴けるようになった。喜ばしい限りである。
たしか高木完のユニットだったと思う。パンクだけどけっこうニューウェーブ寄りで、ゴジラレコードから出してた。
フレッシュみたいなバンドってもう出てこないと思うし、やろうと思う者もいないだろう。当時の東京だからこそ出来た音というのは、東京ロッカーズの他のバンドもそうだけど、現在再現できそうもない一種独特の感触があり、得体の知れないノスタルジーに支配されている。その乾いた感覚の懐かしさというものは意外に心地よく、ぴりぴりとした都会の夜に飲み込まれていく。フレッシュの音は別に斬新ではないし、フリクション等と比べたら強度も無い。ただ、これはこれでオリジナリティのある日本のパンクだったという事実が重要だ。
こういう盤をなんとなく聴くというのもいいし、それはそれでおきまりの午後である。
工事現場の前で突っ立っている時に聞こえてくる騒音と全く同じなので、昔警備員のバイトをしていた頃のことを思い出して陰鬱な気持ちになる一枚。
TNBの騒音は強烈な物音系ノイズである。つまり、ドカッ、バリバリ、ガシャン、ギギギ、バタンというような音が凶悪に連続するキング・オブ・物音なのだ。こういう音楽を聴いてエキサイトするような奴はロクでもない不良ぐらいなもので、金属バットで通行人を手当りしだいに殴りたくなる衝動にかられる迷惑な音楽である。
きわめてストレートなノイズとして、TNBの功績は評価できる。本作も500枚限定であるが、内容が凄まじい轟音なので、見かけたら即買いしても大丈夫。過去の作品も良いが、最近のTNBの方がより激しさを増していて個人的には気に入っている。
正直、個人的に最も影響を受けたのがこのユニットである。というより、スティーブン・スティプルトンのセンスや技術には今でも脱帽する。彼がいなかったら現在の音響系とよばれる音楽も無かったのではないだろうか?
ヒップホップより先にナース・ウィズ・ウーンドに出会ってしまったが故に、サンプリングよりもテープ・コラージュに魅力を感じた。そして、ブリジット・フォンテーヌのレコードの意外な使用方法や、DJプレイの何たるかを徹底的に見せ付けられ、少年だった僕はただただスピーカーの前で呆然とするしか無かった。
NWWが構築したのは、極端なフェティシズムと、ドリフのコントばりに破壊的なインパクトをあわせ持った混沌である。ただし、NWWの音楽は自分の気に入った音を、ただ素直にループさせたりカットアップしてるだけ。ただそれだけなのであるが、そこに組み込まれた尋常じゃない情念めいた気配が不気味に作用し、レコードである、又は音楽であるという線引きを不能にしてしまっているのだ。
このような形態の音を言語的に認識して語ったり理解するのはどうかと思う。カテゴリ的にはノイズ・アバンギャルドのコーナーに置かれることが多いが、実のところはノイズでもなんでもない。そんな、ただひたすら不可思議な曼陀羅絵図を描き続けるNWWの世界を、より多くの人々が聴きこむような柔軟な時代になったらいいと思う。純粋にリスペクト。
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マコの19歳の頃のデビュー作。自宅録音の可能性が知りたければまず本作をハードリスニングするべきだろう。
ここで描かれている宇宙は誰のものでもなく、マコはその宇宙を自在に切り取って広げることができる天才だ。200種類もの楽器を使いこなし、鍾乳洞で録音したり、奥さんや猫の声を取り入れたりする姿勢は柔軟というより不定形と言った方がいいのかもしれない。マジカルパワーマコが誰で、どこにいて、どんな人間なのかは関係ない。ここに詰め込まれた音楽の素晴らしさは、他のどんな存在も追いつくことのできない性質のものである。
人は音楽を聴くと、まずそのミュージシャンや作品、または音楽を現在聴いているという前提の思考みたいなものが常に先行してイメージされるわけだが、マコの作品に限っては、そのプロセスが始めから破綻した状態で提示される。つまり、音を聴いているという感覚と、それによって引き出される筈のイメージがあらかじめ封印されていて、マコの作り出した宇宙が聴き手のイメージを侵食してしまうのである。
マジカルパワーマコが宗教家や科学者にならなかったのは、自分自身で宇宙を操ったり創造することのできる人間だったからに違いない。灰野がヴォーカルで参加している「空を見上げよう」などを聴けばわかると思うが、マコは複雑な世界を構築するタイプでは無く、ありのままの宇宙を目の前に広げるような手法で、常に聴き手を圧倒してきたのである。
本盤の他、ポリドールからの三枚と、最近の音響風の楽曲、そしてマムンダッドから突如リリースされた未発表音源集と、どれを聴いてもマコという宇宙がぽっかりと口を開けている。そこに飛び込む勇気さえあれば、簡単に世界を変えることが可能なのだ。

色んな意味で凄いと思った。何を考えているのか分からないを飛び越えて、何をやってるのかすらも分からない。
わりとキレイな電子音と、タイトなリズムにシャープかつ広がりのあるギター。ノイの頃もいいけど、これと次の「個人主義」は欠かせない。キャプテントリップから突如として大量にクラウス・ディンガー関連の音源が発表されたが、全て聞く気にはなれないし、金も無いのでまず押さえておきたいのはこの辺ということになる。
この時代のジャーマンロックを後のニューウェイヴやテクノの源流としてとらえても良いと思うが、それ以前に存在としてのインパクトが強烈すぎるために、個々の評価を各自が行わなければ、こういった作品は成仏しきれないだろう。つまりは自由研究の課題としては優秀な材料と言える。
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メタルボックス。だけど僕の持ってるやつは缶が錆びてしまって赤錆ボックスと化している。
でも肝心の中身は状態よく保存でき、未だ現役で聴ける。
ジョン・ライドンが行き着いたのがこのような地平だったことは、パンクというカテゴリの持っている虚無感覚の肥大が原因である。つまりはやる気がないフリをするフリ。偽りのニヒリズムを飛び越えた本物の虚無感が鋼鉄の入れ物に詰まっている本作は、若いうちに聴いておきたいアルバムベスト10位以内には必ず入れたい名盤だ。
正直、ピストルズなんか聴かなくても何ら問題はないが、こっちは必聴。パンクでいることの意味や、反抗することの果てにあるものが、ゆったりと首をもたげてこちらを見つめている。逃げられない恐怖と底知れない喪失感に脅えるときは、かならずこれがBGM。